アートセラピーインタビュー

クエストのビジョンは
「アートによる心のケアを通して健康な社会を創りだす」
アートセラピーが出来ることはどんなことでしょうか?
クエストのビジョンを軸にこれまでを振り返りながら代表柴崎と学院長の柴崎千桂子に語っていただきました。

お二人揃ってのインタビューは初めてです。
どうぞお読み下さい。

(インタビュアー:大橋)

 


ーお二人揃ってのインタビューってはじめてですね。

【柴崎先生(以下柴崎】ほんとうだね。

【千桂子先生(以下柴崎(千)】本当ね。今日はよろしくお願いします。

ーでは早速ですが、そもそもお二人はクエストでアートセラピーを教えようと思われたきっけがあれば教えていただけますか?

【柴崎】千桂子先生はもともと病院でカウンセリングをしていたのですが、アートという点でいうと二人で参加した聖心女子大の鈴木秀子先生が教えていた「エニアグラム」のワークショップです。 

【柴崎(千)】そのワークショップではアートを取り入れていて、9つのタイプごとに心模様をアートで表現するということをしていました。

アート自体はとても簡単なものなのだけれど、それでもその時にまず見ただけでも違うんだなという驚きと、色や線で表現することで私というものが表現出来るんだって。それは同時に他のグループの人たちのこともよりも理解できるものだったのね。それを目の当たりして「うわっアートってすごいな」って。

【柴崎】エニアグラムのアートはアートセラピーではなかったけれど、類型化されたタイプの人たちが絵の傾向がはっきりとわかれて表現されていたことに、まず驚いたんです。

人間ってタイプによって絵の傾向が似ていたり違っていたりするということにね。この出来事はその後のアートセラピーに繋がる大きなきっかけになりました。

ーエニアのアートがきっかけだったんですね。先程千桂子先生の言葉の中で「私っていうものを表現出来る」というのが印象的なのですが、それは千桂子先生にとってどういう事ですか?

【柴崎(千)】それは自分が腑に落ちる表現。誰かのために、誰かが見ているからとか、今はこう表現したほうが無難かなではなく、”あっ私のエネルギーってこういうエネルギーだよね”って、自分でわかる、満足出来る、腑に落ちるという体験でした。

また表現したものを自分以外の人が見て、その表現を評価ではなく、受け入れてもらった時の喜びみたいなものも、心地よさのようなもの。

それまで私にとってアートというものは評価があるもので、さらに特別な技術が必要で、自分から遠いものだと思っていました。だからこの時の体験はとても大きな体験でした。

【柴崎】アートっていうものは、なんだか知らないけれど僕らが頭での理解をこえたものを表現してくれるんだっていうことをきっかけに、千桂子先生はアートセラピーをどんどん勉強をはじめていろんな表現に出会って行ったね。

ーアート表現が、自分を理解し満足させてあげられること、そして同時に他者理解に繋がるという体験をされたわけですね。


【柴崎(千)】またちょうどその頃、私は言語のみのカウンセリングを行っていて、その時に患者さんやクライアントさんは日々いろんなイメージに因われて苦しんでいる様子を見ていました。その因われて苦しんでいる、そういうものを(アートで)見せてもらい共有出来たら、もっと患者さんやクライアントさんのことを理解できるじゃないかと思って。

特に私はアルコール依存症の人たちと関わる機会が多くあり、みなさんの様子からそれまで患っていた時間以上に治すには長い治療の期間必要なんだということを見ていました。

だけど、その患ってしまうのには何かきっかけがあってね、それは限られた人だけじゃなく、誰もが心を病んでしまう可能性は持っているのよね。そのことはそれまでの経験でも知っていたけれど、患ってしまったら回復までに時間はものすごい時間がかかるということを目の当たりにした時に、やっぱりこうなってしまう前にもっと何か出来ることがあるんじゃないかなと思ったの。

もっと自分を日常から表現出来きていたらいいんじゃないかって。それがアートならできるんじゃないかと考えるようになり、それにはアートセラピーが有効だと学んでいく中で強く思うようになりました。


【柴崎】そう。千桂子先生はいろんな患者さんやクライアントさんを通して目の当たりにして、アートを一般の人たちに使えるんじゃないだろうかと捉えたのがクエストのアートセラピーのはじまりです。

それは治療ではなく、私が私らしくいるあるため、私って一体誰なんだろう、自分の心のバランスをどう整えたらいいんだろうっていうところから発しているので、心の予防ということに繋がっていくんです。

ークエストのビジョンは「アートによる心のケアを通して健康な社会を創りだす」ですね。

【柴崎】アートって人間の持つ根源的な「生きる」っていうこと。それがアートそのもののような気が僕はしています。つまり一番の表現活動というのは、笑う、怒る、泣くとかそれらの感情を表現するっていうことがすごく純粋に生きているっていうことにつながるんだと思うんです。

でも、これらの本来的な感情は、子どもの頃はストレート出ていたのに、だんだん大人になるにつれて自由に表現できなくなってしまう。怒るのはみっともないし、泣くのは恥ずかしいし、我慢しないいけないという具合にね。

生きるための純粋な感情がちょっとずつ制限されていって閉じ込められてシンプルに外に出ないからねじ曲がって恨みつらみや、憎しみ、また嫉妬心や罪悪感と表現の仕方がおかしなことになっちゃって世の中変なことがいっぱい起きているような気がします。

子どもの時は泣いたカラスはすぐ笑えるのに、大人はそんな感情表現ができなくなってしまった。それをアートっていうものは、素材もそうだし自由にばーっと出すことで感情が外にでることで整っていく。アートセラピーは直感的に人間がする表現を通して心を健康にしていくものですから、こんなに素晴らしいものはないと思います。


【柴崎(千)】この間毎年招かれる中学校でアートセラピーを教えてきたのですが、その時に中学生たちに「健康って考える時ってどんな時?」と聞いてみました。そうしたら「健康を害した時」って言っていました。

害さないと健康ってことを実感出来ないって中学生もそう思うのだから、特に見えないこころの部分では、予防的にアートを日常に取り入れれば、それは結果的に健康な社会が出来ると思っています。

予防はなんらか健康を害した人は意識して取り組むのだけれど、まだ何も起きてない人は意識しにくいですよね。だからアート表現することに自然に取り組めて、そして楽しくやれるってことがとても重要なことで、それらが心のケアに繋がると思っています。

何かきっかけがあって心を患ってしまう。だからこそそうなってしまう前に、深刻になる前に、手を動かしたらでてくる純粋な表現、その表現を通して自分が慰められたり、安全に自分を受け止めてもらえることが出来るという事をもっと取り入れるべきなんじゃないかと。

【柴崎】それで1995年からアートセラピーをクエストで教えることを始めました。すると受講生たちがどんどん学びながら変化していって、自由な表現をどんどんはじめて、最初に来た頃よりもいきいきして、目が綺麗になって魅力的になっていく。その様子を何度も何度もみんなから見せてもらった。

ただ知識や技法だけでなく、アートセラピーを実際に自分が体験を通して学びながら、アートを通した心のケアの大切さ実感していった。そして卒業してセラピストとしてそれぞれの場でプログラムを提供し、施設や地域で居場所が出来き、笑顔が増えっていった。卒業生と共にクエストが健康な社会を創り出していったのは間違いないと思っています。

【柴崎(千)】具体的にアートを通して健康に関してやってきたことは、私たちは2つやってきたことがあると思っています。

一つは「教育」。教育的にアートセラピーを広めることによってそれを持って世の中に出ていく、世の中に出ていってその健康な社会を作り出す人たちを増やしている。

もう一方で「場」を作ってきたこと。子どものクラスや高齢者施設での現場、さらにアートワークカフェなど。その実際に予防的なアートセラピーができるという場を提供し続けている。この2つをクエストはやっていると改めて思います。

ー確かに20年前にはアートセラピーという言葉すら目にすることがありませんでした。

【柴崎】そう。20年前にアートセラピーなんて言葉ほとんど誰も知らなかった。だけれど卒業生が体験を通して、表現の場をこれまでになかった場を作ってきたました。

自分の街で気軽にアートが楽しめるアートワークカフェを主宰する卒業生もいます。そんな場がある街って素敵じゃない? お茶を飲みながら表現を楽しんで、そこにアートセラピストがいるなんて、本当に20年前では考えられなかったことです。

でも、まだまだだ足りないと感じます。みんなとにかく忙しくって、自分を表現する場がないし、そんな時間もない。だからクエストはそんな場をもっと提供していくことが使命だと思っています。

【柴崎(千)】卒業生が創り出すという点でいうと、クエストでアートセラピーを学ぶ中で、成長ということを取り入れたことはっとても大きいと私は思っているの。

アート表現から見て取れる自分のこころの様子を通して、自分をもうちょっと成長させて強くしていくこと。準備をしているわけではないけれど、何かが起こっても乗り越えられる自分を育てるいる。アートや心理学を通したカリキュラムを学びながら心のトレーニングもしていると思います。そうして学んだ人たちが卒業し、アートセラピーの種を蒔き、あきらめずに育てて夢を実現して行っていると思います。

そして、さらに時代とともに、治療としてのアートセラピーの知識もとても重要になってきました。心の病の方は今や4人に一人の時代。お仕事を辞めざるを得なくなったり、また復帰のリワーク施設や、発達障害やADHDなどの言葉を聞かない日はないくらいになってきました。

そのために2013年から臨床のための知識を学ぶクリニカル・アートセラピーの学びができる国際資格のカリキュラムJIPATTを始めたのは、とても時代に沿った流れだったなぁと思っています。

クエストのビジョンである「健康な社会を創り出す」という点からも、一般の方から臨床の分野の人たちにもアートセラピーを届けられるように広がっていったのはうれしいことです。

【柴崎】日本ではアートセラピーは民間資格でしかない点からも、クエストでは国内は第三者機関からの認定(内閣府所管一般財団法人生涯学習開発財団)、そしてカナダの国際資格取得講座(JIPATT)と、アートセラピストの地位向上にも努めているよね。

 

アートセラピーの場においてアートセラピストの役割とはどんな事でしょうか?

【柴崎(千)】どんな人にもその人の感覚や個性がある。そしてその人の環境や状況があります。アートセラピストはある一定期間、その人のいろんな行動や好みや表現を受けとめそして見ているうちに、この人は例えばパステル使ったら、きっと今言っている表現が出来るようになるんじゃないかなぁとその人に一番あったもの素材やプログラムを提供出来ることですね。

また、クライアントがわたしらしくなりたいとか、強くなりたいとかそういう願いに対しての必要なアプローチをが出来るのがアートセラピストです。

それが出来るようになるには、やはり学んでいないと出来ないと思います。

アートは例えば紙とオイルパステルという誰もが馴染みのある素材で出来てしまう。ならば自分の家でひとりでも出来るよね。という話にもなってしまうのね。だけどそこが一番の大きな違い。アートセラピストがいる場との自分でひとりやることの違いはやっぱりプログラム。そこには特別な理論的な背景もあるし、プログラムの流れでやっていくからこそ安全であるし、必要なテクニックというものがそこに組み込まれていないと、誰もが質の良い体験が出来るとは限らない。アートは心の表現だからこそ、知識がないまま提供することは時に相手が傷つくこともあるわけですから。

だからこそプログラム作り、そして安心安全の場作りを学んでいる事はとても重要なことなのです。
*クエストではアートセラピスト養成講座と上級コースのファシリテータートレーニングコース学べます。

【柴崎】アートセラピーは非言語のセラピーだけれど、その表現したものを誰かにわかちあうことや話をしたりすることを通して、つまり言葉にすることを通して更に気づきも生まれてきます。

見えないものを見える形にし、それを言葉にしてみることで、自分の見えない心の様子がよりわかってくる。だから一人では完了しきれない良さはアートセラピーにはある。それを経験と知識のあるセラピストがちゃんとサポートしてアテンドして問いかけをしたり、共有・共感することもアートセラピストとしての重要な役割です。

最近「居場所づくり」というキーワードをよく目にします。自分はここに居ていいと思える場所。それはきっと存在や表現を認めてもらえる安心な場所のことだと思います。

アートセラピーの場の良さはそこにもあるといえるでしょう。わあかちあうということは他者との関係性でもあるので、居場所づくりにもなります。その居場所で自分を受け止めてもらえる体験を通して、自己肯定感も高まり自信に繋がってきます。

「わかちあう」という事を経験している人って結構少ない。話すこと、聞くことではなく、「わかちあう」ということ。これは僕たちのクラスでもアート表現を通してたくさん体験します。この体験は自分の気持ちを伝えることも上手になるし、聞き方も相手の受け止め方も上手になっていきます。

ーアートで表現することで、最初に自分で自分のことがわかる、満足出来る、腑に落ちると話されていました。アートは心にどのようなことをしているのでしょうか?

【柴崎(千)】心には意識している部分と自分でも知らない無意識の部分があります。その自分の内側にある現実の中ではなかなか出てこない無意識の部分を、刺激を与えたり光を当てるすることができるのがアートです。

もちろんその無意識の部分を知らなくても生きていけるかもしれません。だけど生きていると何か出来事を通して知らない自分に出会ったり、外から新しいチャレンジを求められたりすることがあります。学校でも仕事でもそういうことってあるでしょ。

その時に今までの自分のやり方ではどうにもうまくいかない時がある。そこでつまづいてしまったり、悩みが生まれたりする。

「どうしたらいいんだろう?」「変わりたい」「でも私らしくってなんだろう?」って。

そのためにはクリエイティブに無意識の中にある何かを使って、目の前の事に立ち向かっていったり、乗り越えていくしかない。

無意識にはそういう可能性がたくさん秘められているところです。

その秘めれているものをアートで表現していくことで、見えない心を見える化して意識と無意識をつないでくれる心の通訳をしてくれるようなものなのです。

【柴崎】アートで表現するっていのは、気づいてなかった自分の心の中に光をあてて、それを見える化してくれる。困って悩んで苦しんでいる人がアートをすると困って悩んで苦しんでいる原因が全然違ったところにあったり、それは実は困っていることじゃなかったんだっていう気づきにも繋がったりもする。

アートするっていうこと自体が知らないうちに気づかないところに、光を当ててくれる行為なんだっていうことを、これまでにたくさんの人たちの変化からも確信します。

【柴崎(千)】あとアートがいいってというのは、やっぱり今学校も社会も、論理や効率と言った、いろいろな左脳の部分を使うことをとても程度求められると思います。

その一方で右脳的な部分、感覚だとか感性だとか。だんだん遊びの部分はくだらないもの、幼稚なもの、特にアートなんかは、お絵かきとか落書きとかといったものは、大人になる自分にはそういったことが気恥ずかしくなるし、なんか別に必要無くなるような気がしてしまう。

でも大人こそもっと日常に遊びの部分を持つことによって、子供の頃に描いていた自由なイメージの部分、そういう遊びの部分がもっと必要だと感じています。

実はこのイメージの部分が、自分と社会の関係性や、問題を解決し乗り越えていく力でもあり、さらに仕事を新しく作り出すクリエイティビティに繫がっているから。

【柴崎】そういえば、最近いたずら動画の話題があるけれど、そういう上手に遊べなくなっている人たちが多くなっていると思う。あの動画などは完全に承認欲求を満たしたいのだと見て取れると思う。ところが匿名でいくら承認を得ても注目されても、所詮匿名だからわたしの「本当の価値」はどこにも登場はしない。その人の自己価値の部分。

本当だったら私がここにいるんだということをちゃんとみんなから正当に認めてもらいたいのに、それが上手に自分を表現出来ないと歪んだ形で、ああやっていたずら動画を流しているように僕は思います。それこそとても不健康だなと。こころの健康ではないなと。

【柴崎(千)】子どもの頃には積み木っていうのは意味があってやっているわけじゃなくて、ただただ楽しくって積んでる。全部壊して、また作って。何度も何度も。時々お父さんとかお母さんとかね、たまに子どもと夢中になって、子どもそっちのけで積み木で遊んいる人たちを見ることがあるのだけれど、やっぱりあの中には遊びを通した「集中」やなんとも言えない「快感」や「満足」「自己治癒力」があるのだと思います。また遊びを通してたくさんイメージ力を発揮し養っています。

子どもでも大人でもこれらはアートをすることで同じように味わえます。

さっきのいたずら動画のようなこと、こういうことをしたらどうなるのか?というイメージする力があれば、歪んだ表現で自分を表して、自分も周りも傷つけずにすむように思うな。

だからそういう自由にアートを使って自分を表現出来る場がもっと身近にあれば、社会が健康なると思うのです。

ーアートをもっと遊びのように楽しみながら、そしてそのことを通して気づきや癒し、さらに可能性まで見つけられる事をもっと広めていきたいですよね。

【柴崎(千)】ほんとうに。アート表現することはとてもシンプルに自分をしあわせにする時間だと私は思うの。

【柴崎】例えば5分間、いや3分でもいいや一本のクレヨンでひたすらぐちゃぐちゃグチャ描きつづける。それで心と体のバランスが整うような気がします。実際にやるとすっきりするよね。息抜きのようにアートを使うだけでも自分を大切にする事に繋がるでしょ。

人間は本来生きている限り常にバランスを取ろうとする。ところが社会や常識などで歪んで、自分が自然ではいられなくなる。それがやっぱりこころの病のはじまりのような気がします。

でも誰もが社会の中で生きかなきゃいけないから、そのバランスの崩れたところはどうしたらいいのという時にせめて、自分を自由に表現出来る空間、自由に表現出来るツールがあれば、バランスを整えようとし、自分の力を活かしていくことが出来ると思います。

本来は人間はバランスを取る、自分を回復させていく力があるのだから。

それがアートなら出来る。

ー今年、時代は平成から新しい時代に変わっていきます。どんな方達にクエストで学んで欲しいと思いますか?

【柴崎(千)】表現媒体としてのアートを使って、人の話を聞き、受け止める人たちが世の中にいっぱい増えることはそれは健康な社会作ることに繋がると思う。

あとね、それぞれのライフステージがあるけれど、今からすぐ学んでほしいと私は思うの。そして学び続けて欲しいって。

これは私の話しになるけれど、私はこの事を30年近くやっていて、未だにまだ足りないって思っているの。もっともっと勉強したいって。だからこの学びは生涯なんだろうなって思います。

だけどその事は苦痛でもなくて、とても楽しい。そして経験をとおしてどんどんどんどん自分のしたいことがアートを通してできるようになってきているの。

だからいま社会で働いている人でも、仕事をしながらでもアートセラピーの学びをやりはじめて欲しい。そして長くなが~く自分がそれこそ定年して60とかね70になって、誰かの役にたとうって思っても全然いいと思うね。カナダのルシールさんだって50歳過ぎから勉強しはじめたんだから。*ルシールさん:JIPATTのパートナースクールカナダアートセラピー認定協会スクールCiiATの理事

その時その時やれる分だけ、そんなに一気にと考えないで、アートを通して人と通して関わり、人を健康にするということに携わることを、今から少しずつやってその事を長く続けて欲しいとすごく思います。

そのことが結局自分のしあわせ度もアップするし、自分にも自信がつくし、なにより私自身が人生変わったもの。

渋谷の交差点で子どもを連れて歩いていた時に突然ふってきた「私は誰なんだろう?」って。私は不幸でもなくて、奥さんだし、お母さんだしだけど、私ってなんだろう?って。

そして今はね、あの時の自分も含めてね、今日まで来た道は本当に私を豊かにしてれたし、強くしてくれたし、しあわせにしてくれたなって思っています。

やっぱりアートがなかったら、こんなに解放され、こんなに楽しく仕事ができるっていうのはなかったかもしれないって思っているの。

アートセラピストになりたいという人はもちろんだけれども、やっぱり生きることは表現なんだっていうベースの考えから言えば、自分の表現と向き合うというのは生涯に一回位あってもいいように思う。

自分らしく生きるために。

【柴崎】ほんとうに。人生は一度きり。アートと心理学の両面から自分を見つめ可能性を引き出し、そして自分を存分に表現して生きて欲しい。アートセラピーを学ぶことは、人生を本当に豊かにするからね。沢山の人たちに僕は会いたいな。