アートセラピ―インタビュー3

今さらに注目されている「WELL-BEING(ウェルビーイング)」。
「健康」や「幸福」を意味し、これは世界保健機関(WHO)憲章の前文の一節に以下のように説明されています。

健康とは、病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあることを言います。(日本WHO協会仮訳)
Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.

アートセラピーは、様々な心理療法に応用され、欧米では医療、福祉、教育、産業など多岐にわたって、利用されています。
ではそのアートセラピーが私たちにもたらす「WELL-BEING」とはどんなことでしょうか。

今回のインタビューではWELL-BEINGとアートセラピーについて。そしてクエストで学ぶことの意義など25年に渡り日本においてアートセラピーの普及に努めてきたクエスト代表柴崎嘉寿隆そしてクエストアートセラピー学院長の柴崎千桂子に語って頂きました。

(インタビュアー:大橋)

 


ーお二人揃ってのインタビューってひさしぶりですね。

【柴崎先生(以下柴崎】あ、ほんとうだね。今日はよろしくお願いします。

【千桂子先生(以下柴崎(千)】ほんとうだ。久しぶりね。今日はよろしくお願いします。

ーでは早速ですが、まずWELL-BEINGについてどのように捉えているかなど教えてください。

【柴崎】日本では内閣府で「満足度・生活の質に関する調査」、厚生労働省では「就業面におけるウェルビーイング」として環境整備や雇用条件の側面から定義していたりと、各省庁で連携して国全体でWELL-BEINGを目指していきましょうとしている。

クエストはアートセラピーとそれから自己分析という分野がうちの特色。Ryff*1の心理的WELL-BEING尺度というものがあってそれは「人格的成長・人生における目的・自律性・自己受容・環境調整力・積極的な他者関係」6つの定義があるわけだけれども、そう考えるとアートセラピーの側面からも、そして自己分析の側面からもクエストが20数年近くやってきたことが「WELL-BEING」という言葉に沿っていたんだなっていう印象が僕はしている
(*1 キャロル・リフ アメリカ 心理学者)

【柴崎(千)】私もそう思います。クエストのビジョンの「アートを通して健康な社会を創り出す」と言うのがWELL-BEINGにつながっていたのかなぁって。アートと自己分析を教えているクエストはWELL-BEINGていうものをより意識していろんなものが発信していけたらいいなっていう気持ちです。

ー千桂子先生が、「健康っていうのは悪いものをよくするとか直すとかだけじゃなくてこんな自分もあんな自分もいるよねっていうのを受け止められる状態が本当の健康っていうんじゃないか」と以前からおっしゃっていて、この言葉を説明会で伝えるとうなずかれる方がとても多いです。

先程もより豊かに生きていくに「健康」が加わったとおっしゃましたが、改めて健康って改めてどういう状態であると考えていますか?

【柴崎(千)】アートって健康に貢献できるっていう一つのツールだと思っているの。取り組むと集中するし、遊びでもあったりする。割と上手下手とか、誰かに見せるとか、正確に描写するとかをアートと捉える人が多いけれど、クエストで言っているアートって自己表現するっていうアート。アートを通して自分の内側のものを外に出す。そうすると気持ちいいし、集中していないと自分の内側で何がしたいのかなぁなんていうのは考えつかないし、自分と向き合って集中する。それはあの芸術は爆発だっていう太郎さんみたいに湧き出してくるもの。自分の中から生まれるものっていうのは、やっぱり見たらなんだろうってまずは思うし、ワクワクと楽しさもある。


【柴崎】表現するって自然の摂理だと思う。僕たちは食べたら排出するでしょ。日常外から刺激がどんどん入ってきているのに、以外と出し切れてなくて溜まっていってしまう。その状態が知らず知らず続いていくと気持ちが落ち着かくなったり眠れなくなったり健康から離れてしまう。それを意図的に出していくのがアートの良さだと思うのね。

【柴崎(千)】運動したら汗が出る、食べたら排出する、感じたことは表現するみたいに。

ー便秘させないみたいなことですね。

【柴崎】そうそうそうそう。(笑)

【柴崎(千)】それを外に出すときに安全な形で出す必要があってそこに一つそういうアートがあると思う。

【柴崎】自己分析の分野でWELL-BEINGと健康がどう繋がっていくのかというと、今話した自然の摂理として、まず「話をする」って行為がある。仕事上でも、プライベートでも、「話をする」っていうことは誰もがしているよね。でもそれは「状況を説明する」側の言葉であって、自分の内面を話す場合は「語る」っていう言い方になる。

「語る」っていうことから物語が始まっているように、僕らの心の中で熟成されているものがだされていくっていうことが本当の健康だと思う。仕事の説明ばっかりや、きれいごとや状況説明ばかりしてたらストレスがかかるし、また自分じゃなくても出来るじゃない。

だけど自分じゃなくちゃできないことってやっぱり「語る」ことだと思う。同じ風景を見てもその人の人生でいろんなことを経験してきたエキスがフィルターのように通り抜けてから人に話していくわけだから、その「語る」っていう所にその人なりの表現っていうものがあると思うのね。

だから千桂子先生は「アート」という表現方法、僕は「語る」っていうことの表現方法で自己成長や自分の人生の本当の目的を見つけるとか、そういったことで健康に貢献していけたらいいなって思ってやってきている。

ーアートセラピーの場自体、アートがあり、そしてアートを通して語ることもあり、その両方が行われている健康な場と言えるという事ですね。

【柴崎】そう。

【柴崎(千)】人が「語る」時ってそういう安心や安全な場があってやっと語れるもの。なぜならそれは心のとっても深いところから出てくる。自分を思い出しながら自分の内側を見つめながら語るっていうこと。その安心安全な場を作るのがアートセラピーに携わる人の仕事よね。


【柴崎】何してきたの?」「絵を描いてきた。」これはお話なわけ。でも「どんな体験だったの。」って聞くとその人の心の中にあるものを通して出てくる語りになってくる。語りはその人らしさが当然出てくる。

だから僕らがやるのは「何をしたか」ではなくて、「どんな経験をしたのか」「何を味わったのか」とか、その人が語ることに耳を傾ける。それがひいてはセラピーにつながっていくわけだし、こころとからだのバランスが取れていく。整っていくことでの健康に貢献できるのだと思う。

ーアートにしても自分の内側のものを語るなど外に表現することが苦手とか、怖いっていう人がいると思うんですけど・・

【柴崎】多くの人の場合どうすればいいかという教育されてきて、「評価」とか「自分がどう見られるか」に意識が向いているけれど、表現が嫌いな人は実はいないんじゃないかって思う。だから僕らが出来ることはまずその人が表現しやすい環境を作ることだと思う。

【柴崎(千)】外に表現するときに自分のそういう恥ずかしさとか、私は才能がないとか失敗したらどうしようとか、出来栄えが美しくないとか、私もそういう気持ちがいつもあった。そういう自分の表現を止めてしまうものを外していくということがアートセラピーの場で体験していく時間になると思うのね。

表現を止める行為ってある意味自分を守ってきたものでもあるから、自由にアートする、表現するという前に「外す」という時間は必要かもしれない。それが技法や理論を学ぶこと、またひとりじゃなくて誰かと一緒、つまり見守り手がいることで少しずつ理解し体感して外していけるのだと思う。

【柴崎】外すっていう表現もそうだし、別な言い方だと「自分の防衛線を広げる」ということだと思う。それが少し広がると自分の居心地のいい場所が少しずつ増える。そのために一歩踏み出していくっていうやり方がアート表現の中から培われていくだろうし、語ることで安全な場がどんどん広がっていくっていう事は実際にあったのかな。そういう人クエストに沢山いるものね。

ー具体的な体験やエピソードなどありますか?

【柴崎】例えば僕個人としては、若い頃自分はどう見られるかとか、評価が欲しくて生きてきた。そうやって実はすごく自分を守ってきた。守っている私を良く見せよう良く見せようと飾っていたのが、自分を言葉で語ること、自分を分かち合うっことで、少しずつ手を広げられるようになった。分かち合うって怖いことじゃない。人からどう思われるかわからない。でも領域が広がっていくことで、あー話しても大丈夫なんだとか、話す事で自分がこんなに楽になるんだとかっていうことを経験しながら僕は自分自身を成長させてきたかなぁ。

【柴崎(千)】「自己一致」といって、ロジャース*2がカウンセリングでのセラピストのあるべき態度として挙げているのね。その態度が出来ているとクライアントが自然と話をするし信頼もされるというというものだけど、この自己一致ってなかなか難しいし、そもそも自分が今自己一致出来ているのかって最初わからないのよ。(*2 カール・ロジャース アメリカの臨床心理学者)

私はアート表現をすることを通して「自己一致」を体験できて腑に落ちた経験がある。
以前こんなことがあった。カウンセリングの時にクライアントの欲しそうな言葉をかけてしまったことがあって、もちろんその人は気分よく帰っていくのだけれど、ほんとうにその人に話す場を提供できたのか?私の自己満足だったんじゃないか?とその後自分を内省してアートと向き合っていくプロセスが自己一致につながって、クライアントさんのアートや話にゆったりと寄り添えるようになった。

私にとってアートをすることが自己一致に繋がる一つの道だったかな。これが誰かに言語で指摘されても素直に受け取れなかったと思う。

【柴崎】クライアントが描く絵はわからないことだらけ。本人だって思ってもみないものが現れていたりするわけだから。だからそういう意味ではフラットな気持ちで問いかけやすい。そしてその問いに対してその人の心のフィルターを通りぬけて言葉は出てきているから、結局語りになるのでその人となりがちゃんと出てくる。

だからそういう意味では心のバランスを取るのにアート表現をしてそれに寄り添うセラピストっていうのはいろんなジャンルの心理療法の中ではかなり有効な手段じゃないかなと。

【柴崎(千)】アートセラピーのジャンルだけじゃなくて、治療としてだけじゃなく、アートという素材を使ったセラピューテックな作業を、私はクラスで教えている。私自身がこれまで勉強してきたこと、たとえばカウンセリングとかゲシュタルト療法、認知行動療法だのいろいろあるものを組み合わせて教えてるんだなって。

だからこそ、そのアートの力を使った心理療法ってどんどん増えたらいいと思うし、ビジネスの中でも、教育の中でもいろいろコミュニケーションのツールとしても広がってアートを使うということが広がっていけばいいと思っている。

【柴崎】改めて20数年続けてきていて、それのベースにあるのは僕たち自身の何かしらの宗教性や哲学があることはもちろんだけれども、アートセラピ―を教えているけれど、アートセラピーという狭い領域のことをやっているわけじゃなくて、最初に話した心理的WELL-BEINGの6つの定義にもある人間の成長とか人格の成長、人間の自立もそうだし自分という人間というものをよりよくしようとそのためにアートが凄く役に立つということを養成講座で、そしてさら現場を作り続けているんだと思う。

【柴崎(千)】さらにね、どちらかというと非科学的なアートが科学的な心理療法と出会い、その理論背景の中に組み込んでいくことでより繊細なところに到達できる可能性があるんじゃないかと思ってる。

【柴崎】確かにそうだね。アートだけだとちょっと理論的に頼りないところがある。エビデンスが取りにくいから。そこにエビデンスがとれるような心理学派の考え方をドッキングさせることで科学的になる。そこにあわせもったものが僕らが提供していることだよね。

ーいろいろあわせもってますね。語ると表現も一緒になってるし。

【柴崎(千)】そこがアートの根本だと思うね。いろんな種類があるけれど「アート・語る」これが一つになって私たちはアートセラピーだと思っているし、自分の内側から湧いてくる、生まれてくるものの表現。誰かに見るためのものじゃない。恥ずかしさとか、失敗したらどうしようとか、どう思われるんだろうというクリエイティビティを止めるものだとナタリー・ロジャース*3も言っていて、それらをまず最初に外してそしてほんとの自分に出会ってくって。(*3 ナタリー・ロジャース 博士 心理療法家 表現アートセラピーのパイオニア)

もしかしたらそれははじめてまたは久しぶりに出会う自分なのかもしれないよね。そしてその体験を誰かに語る。わかちあう。相手はそのことに興味を持って受け取ってもらえる。そこに自分との繋がり、そして人と人との繋がりが生まれる。そのことがうれしいし、そしてきっと心や体が喜んでると思うのね。そこが健康に貢献できるところなんだと思う。

ー根本がその自己成長であり、それがよりよく生きることですよね。

【柴崎】そうそう。身体の発達は20歳くらいで止まるけれどでも心の成長は生涯。だから生涯教育だし、生涯僕らは心を成熟させていける。その可能性をだれもが持っているよね。

クエストの養成講座、アートの理論と実技そして心理療法と自己分析を1年学ぶことで、知識や技術を得ると共に自分自身が成長していく。そしてそれぞれの社会の中に、人生の中に戻っていったときにその学びを活かして自分で環境を作っていくっていく事ができるだろうし、以前よりずっと自分自身を認めるようになるだろうし、何よりも何のために生きてるのかなっていうことをちゃんと考えるようになるだろうから。とても健康的なライフスタイルになると思う。

ークエストでアートセラピー学び表現すること語ることは、自分自身がもっとうれしくなったり健康になる体験をしてした人たちがアートワークセラピストとしてそういう場を作っていくっていう。つまりWELL-BEINGの種をまいていくということですね。

【柴崎】クエストはやっぱり現場を作りたいっていうのが一番の願いで二十数年やってきているからね。日本全体から見れば本当に小さな規模かもしれないけれどやっぱりこれはやり続けたいね。

【柴崎(千)】それをやれるようになるにはさっきも言った「自己一致」。つまり自分軸をみつけること。恐れや不安、そして他者からの評価など、自分のクリエイティビティを止めてしまうものに気づき、そして受けとめて、それをなくすのではなくそういう自分もいることを認めていく。それがよりよく生きる一歩。

ー最後にクエストのアートセラピーで社会にどのように貢献していきたいか教えてください。

【柴崎】結局僕らがやっているのは今言った自分軸を生きる人たちを育てていく。やっぱりそれが社会の中に自分軸で生きる人が増えてその人の生きる環境がよりよくなって、という事はその人の周辺の人もよりよくなっていく。その生き方をするために一番わかりやすいツールとしてアートセラピーっていう手法を僕らは教えていくことが貢献に繋がっていると思う。

【柴崎(千)】そしてもう一つは予防。BPSモデル(生物・心理・社会)の3つの側面から「私」を捉えるという考え方で自分をみていくこと。その視点でアートで予防するという点にも貢献していきたいと思ってる。起こってからではなく、起こる前に出来ること、気づくことがアートを使うことで出来るから。

ー自分軸で生きる そういう人たちが増え、そして健康な場が広がったらいいですよね。
今日はありがとうございました。