対人援助の現場では、「今すぐに変化を求めない」ことの難しさと、その大切さを日々感じています。
特に、ひきこもり状態にある方々への支援では、「焦らず、急がず、その人の力を信じて、時間を共にする」という支援者の姿勢が問われます。
福祉の現場では「バイステックの七原則」と呼ばれる基本姿勢があります。
意図的な感情表出、統制された情緒的関与、受容、非審判的態度・・・
これらは、まさにアートセラピーの中で自然に実践されているものです。
私はこれまで、ひきこもり状態にある方々と、アートを通して関わってきました。
それは、社会へ再び踏み出していくための安心できる居場所づくりでもあります。
最初は言葉を発することにも、何かを描くことにも抵抗のある方が多くいらっしゃいます。
ある方は、しばらくの間、白紙の紙とクレヨンを前に座っているだけの日々が続きました。
そしてある日、初めて紙に書かれたのは、
「今日は〇〇へ行って、時間に遅れた」
という文字でした。
それは一般的にはアートとは言えないかもしれません。
でも、その方が心の中を表したその文字は、
その人自身の「表現」であり、アートとして大切に扱うものです。
もっと言ってしまえば、ただ座っていることもその方の表現だと言えます。
言葉にすることが苦手な方と一緒に静かな時間を過ごす中、
紙とクレヨンが間にあるだけでその時間はとても豊かな時間になります。
同じ色を使ってみる、似たような形を描いてみる、いつの間にか交互に描いている・・・
言葉がなくても心のやりとりができたよう感じる時間は支援者にとっても楽しい時間です。
見た目にはわからなくても、その人の心の中では何かが起きている。
そのことを、描かれた線や色が、教えてくれることがあります。
例えば、最初は文字だけを書いていた方が、1年ほど経ったある日、
画面いっぱいに鮮やかな水彩で花を描いたことがありました。
その描くものの変化を目にしたとき、私は驚き心が震えました。
その方の内側では、長い時間をかけてたくさんの変化が育まれていたのです。
そしてその後、その方はアルバイトを始め、少しずつ社会とのつながりを取り戻していきました。
また別の方は、長い間キャラクターの模写だけを描いていましたが、
ある日突然、池の中を泳ぐ赤と白の2匹の魚を描いたのです。
その方もやがて障害者雇用枠での仕事に就き、
正社員として社会への一歩を踏み出していきました。
ひきこもり支援では、変化の兆しが見えない日々が続くこともあり、
支援者自身が不安を感じることがあります。
「この方法で本当に良いのだろうか」と、迷うこともあります。
でも、アートという手段があることで、
そうした静かな時間にも意味があることを実感できます。
まるで、土の中で小さな種が芽を出そうと動いていることを、
視覚として見ることができることは支援者にとって大きな支えにもなります。
人の心の奥には、きっと「自分らしく咲くための種」があるのだと思います。
その種が見えない土の中で芽吹くまで、焦らず、信じて、共にいること。
アートセラピーは、そんな時間を共に過ごしながら、
言葉にはならない心の対話の時間を作ってくれます。
福祉に関わる私たちが、支援のなかで迷ったとき、言葉にならない声に耳を澄ませる力を思い出すこと。
そのためにも、アートセラピーは貴重な時間を支援の中に作ってくれるのではないかと思っています。
文:中島ゆき子
(一般社団法人キボウノオト理事/(一財)生涯学習財団認定マスター・アートワークセラピスト/社会福祉士/精神保健福祉士)